Darlin' from hell
GRAPEVINEの曲に「Darlin' from hell」というものがある。
歌詞は、実在した詩人ヘルダーリンの思想や人生、残した作品をモチーフに書かれたものである。ヘルダーリンのことを知っていれば、曲を聴けばすぐにわかる。
わかってはいる。
それでも、私はこの曲を違うものに捉え、そして半ば縛られている。
「この身を臥せるわ」
ダーリン フロム ヘル。
「地獄からやってくる彼」が、私にはいる。
私の解離性障害が最初に爆発したのは、この「地獄からやってくる彼」が切欠だ。
彼が地獄に行ったことで、私の「まとまっていた人格」は大崩壊した。
この曲の歌詞は、私と「地獄からやってきた彼」のやりとりのようだ。
「虚空を突き刺す詩」
思い出の半分くらいは曖昧にでっちあげる
その後 あなたを塔に幽閉して
この身を臥せるわ
歌詞:http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B35880
彼の死は、私にとってトリガーだ。
フラッシュバックのように思い出してしまうと、解離性障害が暴発する。
そのうちに解離性健忘を起こし、彼のことを部分的に忘れる。辻褄合わせの記憶が生まれる。そのうち、彼を忘れる。
私の記憶の塔に、彼を幽閉するのだ。
トリガーが引かれると、塔のドアが開き、彼が現れる。
沢山の、本当の記憶と共に。
「舞い上がってよ ダーリン」
彼と私の過去は似ていた。
彼も私も、過去(その時点では地続きの現実)から逃げるために、夢を活力にし、地元を離れた。
それにも関わらず。
彼は、過去の呪縛から逃れられずに自ら地獄へ落ちた。
結局のところ。
どれだけ足掻いたところで、過去の呪縛からは逃れられないのではないか。
どれだけ過去と決別したと思ったところで、結局は「恐怖」の触手が私を絡めとり呑み込んでしまうのではないか。
自分も、彼のように堕ちる運命なのではないか。
一生、過去から逃げられないのではないか。
恐ろしくなった。
絶望に近い何かを感じてしまった。
そこで、弾けてしまったのだ。
弾けたことに気付く前に、記憶を失い、気付けば遠くにいた。
「おわかれだったわ ダーリン」
解離性同一性障害から復活し、一度は夢を叶えたのは。
彼の残した勝手な遺言が、大きなブーストとなってしまった。
生き急ぐように、寝る間も惜しんで休みなく努力をした。
暫くして、夢が叶ったと確信したと同時に。
私はある意味、生きる目的を失った。
叶ってからが勝負だというのに、安定した結果が得られるようになったら、私は徐々に精神のバランスを失っていった。
結果として、二度もこの身を臥せようとした。
そして、能力を失ってしまった。
皮肉なものだ。
自ら抱いた夢で、自ら努力して掴み取った能力と成功なのに。
彼の死とは関係なく、結果的には、努力を続けて夢を叶えたはずなのに。
彼とも、過去とも、決別したと思っていたのに。
実のところ、何とも決別できずにおり、縛られていたなんて。
お別れなんて、できちゃいなかったんだ。
「舞い上がってよ ダーリン」
いま何故、彼のことを思い出したかと言えば。
近しい人が亡くなったからだ。
その人の死は、自死ではない。
本人の望まぬ突然死ではあるけれど、近しい人の死に直面し、彼のことを思い出してしまった。
訃報を聞き、眠り、目覚めた時。
私のiphoneは、GRAPEVINE「Darlin' from hell」を再生していた。
帰路の途中、転寝から目覚めたときも。葬儀から帰る際も。気付くと、この曲を再生している。
亡くなった当人よりも。
彼の記憶の断片が、ポロポロと落ちてくる。
幽閉したはずの彼が、顔を覗かせている。
「どこに舞い降りたのダーリン」
「いつかまた、会えそうな気はしていた」
初めて会った日だって、忘れてしまっていた。
でも今は、はっきりと思い出した。
光の中で響いた、あの天使みたいな詩も。