夏に消えた女の、小さな忘れ物
Why don't you come back to me
この夏、私は消えていた。
現在の居場所から去り、一時的に記憶のほとんどを失くしていた。
あれこれあって、精神病院に入院した。
知らない土地の、山の中にある精神病院。
じきに、記憶を取り戻した。
ほとんどの記憶を取り戻したと思う。
代償だろうか、数ヶ月悩んでいた身体が崩れるような現象は今のところ消失した。
去るものを追うな
嫌な記憶も、それなりに思い出している。
だけれど、とても嫌な記憶は、きっと忘れていると思う。
自分自身に「それ」を思い出させないために。
あるいは「病気とその原因」を自分や周囲へ理解させるために、少々の嫌な記憶が残してあるのかもしれない。わからない。
例えるならば、どす黒い大木を隠すために、黒い大小の木で構成された森を残している。そんなところだろうか。
医師は言った。失った記憶については考えるなと。
言われなくとも、考えたくなどない。
人間は忘れる生き物だ。
ただ私のような病気の人間は、忘れるということがとても下手なのだ。
これだけは言える。
人格が何人いるだとか、そんなことに興味はないし意義も感じない。
痛みや苦しみも、全てを「自分」で受け止めたい。
どうせ壊れるならば、受け止めたうえで壊れたい。
病院では無かった「幻聴」が、現在の居場所である実家に戻ってきて復活した。自分の声が響くようになった、随分久しぶりに聞く気がする。
自分の中に巣くう黒いものが、白い紙に墨汁を垂らしたように、じわりとシミを作り、じわりじわりと心に広がっている感覚がある。
それでも、私は自分でいたい。
もう嫌なのだ。
大切な物事まで忘れて、突然消え去るなんてことは。
今週のお題「夏を振り返る」